「ALSしかない」恐怖と絶望の中で︱
2021年、長女のリンちゃんが誕生。その少し後から、就寝中に足がつったり、足が思うように上がらずつまずくことが増えていく。
出産による骨盤の歪みかと思い整骨院に通うも、骨に異常はない。医療センターでMRIや血液検査をしても、同じく異常なし。大学病院でいくつもの検査を受けるも、なかなか病名は特定されない。
そんななか、カルテに“神経の異常”と書かれているのを見てしまう。その瞬間を“全身の血の気が引くようでした”と、まさこさんは表現する。体調不良の原因を調べていくなかで、ALSが神経の病気であると知っていたからだ。“ALSしかない”という諦めと、“違っていてほしい”という願いが交錯する日々。
「当時のことを思い返すと、あまり覚えていないんですよね。食べることが大好きなのに、何を食べていたかの記憶もなくて。毎日“どうしよう、どうしよう”という気持ちでした」
みちこさんも「ALSかもしれないという話は、結果が出る前から家族でしていました。でも、どうしても受け入れたくなくて、目を背けていたんです」と、振り返る。
医師からALSだと告げられたのは、2023年6月。大学病院の一室で、その瞬間、涙があふれ止まらなくなった。言葉が出なくなったまさこさんに代わって、隣に座っていた夫が静かに「わかりました」と答えた。
成長していく子どもたちに、何もできなくなっていく自分が不甲斐なく、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。“どう生きたらいいのか”“どう前に進めばいいのか”“治すにはどうすればいいのか”と、診断を受けて以降ずっと、頭の中で繰り返していた。
「気づくと涙が出てきてしまう日々でした。でも、当時小学生だったタカラが、泣いている私に“ママなら大丈夫だよ!”と言ってくれて。その言葉で少し立ち直れましたね」
また、みちこさんも、まさこさんを支えるために福岡へ引っ越すことを決める。
「家族のグループLINEで、姉から診断結果について連絡が来て。それまで目を背けていたので、そこで初めてこの病気について調べたのですが、とても衝撃的で受け入れ難く、数日は気づくと涙があふれ出し止まりませんでした。
これから姉を待ち受ける試練はとてつもなく大きくて計り知れない。子どもたちのことを思うと、自分にしてあげられることがあるのならできる限りしたいと思ったんです」(みちこさん)


















