撮影/森田晃博

──そんな三井さんがなぜ、ロサンゼルスに行くことになったのでしょう。

「30歳を目前に、20歳で会社に入って9年間、ほぼ休みなく働いてきた自分に気が付き、『私は今後、どういう風に生きていきたいんだろう』と、ふと思ったんです。

 そこで父親に相談したら、もともと行きたかった海外に、2年ほど行くことを勧められました。そして行くなら、エンタメの本場であるロスに行こうと! 英語は全然話せなかったんですけどね(笑)」

──29歳で学生に!

「語学学校にまず入り、ビギナーコースからスタート。その後、耳が慣れたところで、UCLAエクステンションの夜間コースでエンターティメントビジネスの基礎を学び始めました。例えばアーティストの権利のこと、法律のこと、あとはコンサートのツアーマネージャーにはどうやったらなれるのか、などです。

 教授がマイケル・ジャクソンの元マネージャーや、スティーブン・タイラーの顧問弁護士など業界のトップの方たちばかりで、彼ら自身がエンターティナーということもあって、授業はとても面白く刺激的でした」

──いつ頃からロサンゼルスでの起業を考えたんですか?

「語学学校でいろんな国の友達と話すうちに、日本独自の文化がとても高く評価されていると感じたんです。

 私自身、日本にいると当たり前すぎて気づかないことに感謝することができたので、そこで知り合いの浮世絵の版元さんに『かつてフランスを中心にジャポニズムが起きたように、この時代の浮世絵を海外に発信することで、さらにその価値を高められると思います』と連絡したんですよ。

 その版元さんは当時、歌川広重の代表作『名所江戸百景 する賀てふ』の世界とドラえもんコラボさせた作品を制作されていたので、『アメリカだったら、スパイダーマンとコラボした浮世絵とか面白いですね!』と言ったら、『それやってよ』って返されました(笑)。それが起業のきっかけのひとつです」

──学んだことがすべてつながりましたね!

「2年で日本に戻るつもりでしたが、日本とアメリカの架け橋になるような仕事がしたいと思い、父の賛成も得て、ロスで会社を設立。さっそく営業を始めていろんなところに名刺を渡し、日本の芸能プロダクションのアメリカ支社の方ともお近づきになりました」

──いわば、ライバル社ですね。

「そうですね。でも、いろいろと情報交換をさせていただき、パーティで出会ったホリプロの副社長の方が、私のやりたいことを面白いと言ってくださったんです。

 ホリプロのアメリカ支社では音楽のライセンスビジネスをされているのですが、ロックバンドのKISSもライツを持っているアーティストの中の一組だと聞きました。

 KISSの特徴でもあるあの派手なメイクアップは歌舞伎からインスパイアされたものですし、そもそも浮世絵の"浮世"には"今"という意味もあって、現代のスターとコラボするのには完璧なお相手だと直感しました!」

──すごいトントン拍子!

「その後、ホリプロさんより、KISSのマーチャンダイジングの権利を持つアメリカの会社を紹介していただき、お借りしていた復刻版の浮世絵を持参してすぐにプレゼンしに行きました。

 そして社長・副社長と直接お会いすることができて、浮世絵の説明すると『ワンダフル!』と絶賛していただき、『来年の日本ツアーまでに作って欲しい』とKISSの浮世絵化がすぐ決定。ボーカルのポール・スタンレーやベーシストのジーン・シモンズも『自分たちが本物の浮世絵になるなんて素晴らしい』と、喜んでくれました。

 一からオリジナルで制作する浮世絵だったので、絵師探しで苦戦する部分はありましたが、なんとかKISSの来日に間に合わせることができました。

 KISSサイドの承認も一発OK。更にその当時、KISSがももクロさんとコラボして浮世絵をテーマにした新曲『夢の浮世に咲いてみな』を作るという偶然が重なり、ももクロさんとのコラボ浮世絵も制作させていただきました」