瑚々ちゃんは、聴覚や視覚、触覚などに大きな異常はないという。言葉や身体を使ったコミュニケーションは難しいものの、表情で意思を伝えることができる。

 この春、瑚々ちゃんは支援学校の小学部に進学。同世代の子どもたちがいる学びの場が刺激になることを願い、あえて通学を希望し、教育委員会に働きかけた。

「他県では珍しくない話ですが、私たちの自治体や学校では呼吸器をつけながらの通学は初めて。ほかの障害がある子どもたちも通いやすくなってほしいですね」

 こうして瑚々ちゃんは、車いすで毎日通学する道を切り開いた。

運命を切り開く強さ

「これからもさまざまなことがあると思いますが、瑚々は何度も命の危機を乗り越えてきた強い子です。すべては瑚々自身が決めている気がしているので、その手助けをするのが私の役割だと思っています」

入院前の1歳半ごろの渡辺瑚々ちゃん。晴天の下、ドライブで山に
入院前の1歳半ごろの渡辺瑚々ちゃん。晴天の下、ドライブで山に
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 未来さんは、家族会の活動にも積極的に参加し、SNSでの発信など広報活動も担っている。

「絶望と孤独の中にいたとき、私が救われたように、ひとりでも安心できる家族が増えてほしい。そして何より、お医者さまに『ROHHAD症候群』という病気を知ってもらいたいんです。知ることから始まり、研究に携わる人が増え、治療法につながっていけばと願っています」

 希少疾患だからこそ、多くの人に認知が広がることが希望への第一歩になる。

「将来は、私の手がなくても楽しく生きてほしい。毎日、ひとつでも楽しいと思えるような、そんな人生を送ってほしいです。でも、さまざまな治療が結びついて、いつかまた瑚々とおしゃべりできたらとも思っています。

 その日のことを考えると、しゃべれなかった分、ずっとしゃべっていそうな気もして。すごく楽しみですが、ちょっぴり怖い気もしますね(笑)」


取材・文/小林賢恵